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「な、何者って……?」私の背中に冷や汗が流れた。「とぼけるな。お前本当は妹の姿そっくりに化けた別人だろう? 白状しろ!」兄が一歩近付いてくる。「そ、そんなこと言われても…」後ずさりながら、ジリジリ私は徐々に壁際に追い詰められていく。そんな兄は私を睨みつけながら迫ってくる。「あ……」ついに壁に追い詰められてしまった。ダンッ!!「ヒッ!」兄が両手を壁に付き、私は逃げ場を失ってしまった。「さぁ、答えろ。お前は何者だ? ユリアのフリをして一体何を考えている? 何が狙いなんだ? 本物のユリアを何処に隠したんだ!?」兄は私を睨みつけながら矢継ぎ早に答えを迫ってくる。無理だ、私は記憶喪失だと言うのに……答えられるはずがない。その時――バンッ!扉が突然開かれ、またしても見知らぬ青年が部屋の中に入ってきた。そして壁際に囲い込まれている私を見ると声を上げた。「シリウス! お前……ユリアに何をしているんだ!」大股で近づくとシリウスお兄様の肩をグイッとつかみ、私から引き離してくれた。「何をするんだ! 兄さん!」兄さん? それじゃ……この人が長男のアレス?「よせ! 父から聞いているんだろう? ユリアが馬車事故で10日間も意識が戻らなかったことを。お前は病み上がりの妹に何をしているんだ!」おお! アレス兄様は2番めの兄より理解力がある人なのかもしれない。「何が妹だ! あいつは妹のふりをした真っ赤な偽物かもしれないだろう!?」「何でそんな風に思うんだ? 何処からどう見ても俺たちの妹のユリアじゃないか!」「そんなこと信じられるか! 大体あいつは記憶喪失で何も覚えていないなんて言うんだぞ? それこそ怪しいじゃないか!」うんうん、確かに怪しまれても無理はない。記憶喪失なんですと言って、はい、そうですかと納得する人はそうそういないと思う、自分自身で怪しいと思うのだから、他の人から見れば余計怪しく見えるだろう。「まぁ、待て。落ち着くんだ。シリウス。いくら記憶喪失だからと言ってまるきり何もかも忘れているとは限らないだろう?」「え?」アレス兄さんが妙なことをいい出した。「あ、ああ……確かにそうかもしれないな。人間そう簡単に全ての記憶を無くすはずがないからな」シリウス兄さんが同意する。んん?「よし、それならユリアに簡単な質問をしてみればいいんだ」
「2人の兄って一体どんな人達なのかしら……」魔法学の勉強をする手を止めて、考え込む。父の話では現在24歳の長男の名前は『アレス』、そして22歳の次男の名前は『シリウス』だという。「う〜ん……『アレス』といい、『シリウス』といい……何処かで聞いた名前のようにも感じるし……」だけど、いくら思い出そうとしても駄目だった。感覚的には何となくその名前に覚えがある気がするのだが、気の所為と言われてしまえばそれで終わってしまう。「でもこんな風に思える様になったのも……ひょっとして失われた記憶が少しずつ戻ってきているってことなのかしら?」考えてもしようがない。それより今は退学にならない為に一生懸命勉強する事を優先しなくては。そして再び私は教科書に目を落とした――**** 16時―― 私は相変わらず勉強を続けていた。今勉強しているのは歴史である。「え〜と何々?『魔法』が初めてこの世で確認されたのはインペリアル歴3年?」だけど実際にこの目でジョンやクラスメイト達が魔法を使う様子を何度も目撃しているのに、自分が魔法を使えない所為もあってか、未だに信じられなかった。どうしてこんなにも魔法がある世界に違和感を感じるのだろう? 私の頭の中では未だに魔法なんかあるはずないと否定し続けている。「兄達や父は魔法を使えるのかしら……」ポツリと呟いた時。――コンコン突然扉がノックされた。「あら? 誰かしら?」すると扉の外で声が聞こえた。『ユリア、俺だ。シリウスだ』「え!?」まさか、直接部屋を訪ねてくるとは思わなかった。てっきり夕食の席かどこかで顔合わせをするだろうと思っていたのに…。『ユリア? どうした? 開けてくれ』「は、はい! 今開けます」カチャ……扉を開けると、そこには見知らぬ若い男性が立っていた。少し癖のある巻毛のブロンドヘアーに紫色の瞳……。中々のイケメンである。「シリウス……お兄様……?」見上げながら恐る恐る、その名を呼ぶ。「ああ、そうだ。記憶を失っていると父から聞いていたが……何か思い出したのか?」「いいえ…それがさっぱり思い出せないのです」首を振って答える。「そうか……とりあえず中に入れてくれ。話がしたい」「あ、どうぞ」私は扉を大きく開け放し、招き入れた。シリウスお兄様はズカズカと部屋に入ると、テーブルの上に広げられた教
ジョンは普段とは全く違う格好をしていた。フード付きの長いマントを羽織り、その格好はまさに魔法使いの姿のようにも見える。「ユリア……記憶は戻ったかい?」その声は今迄聞いたことが無いくらい優しい声だった。「ジョン……一体今まで何処に行ってたの?」するとジョンは首を傾げた。「ジョン? 誰のことを言ってるんだい?」バルコニーの手すりからひらりと降り立ったジョンが月明かりを背に尋ねてくる。「え……? だって……」 「ユリア。もう12日目になったけど…その様子だと、まだ殆ど記憶は戻っていないようだね? まぁ60日目になる頃には完全に記憶が戻ってくるとは思うけど」「え?」分からない、さっきからジョンが何を言っているのか私にはさっぱり理解出来なかった。それに目の前のジョンは本当に私が知っているジョンなのだろうか?顔はまるきり一緒だけども雰囲気も口調もまるきり違う。とても同一人物には思えなかった。「それにしてもアイツがここまで力を持っているとは思わなかった。完全に油断していたよ。まさか力を奪われてしまうとはね。僕の力が完全に戻っていないから、今はまだこういう形でしかユリアの前に姿を表すことが出来ないけれど、とにかく僕が完全に力を取り戻すまでは死ぬなよ? その指輪も絶対に外さないようにね。ユリアを必ず守ってくれるから」ジョンは私の右手を指さした。「え……?」その言葉に私は自分の右手に視線を落とし……目を見張る。いつの間にか右手の薬指に青白く光る指輪がはめられている。「今、ユリアが見ているのはただの夢だ。目が覚めたら今夜のことは完全に忘れること。いいね? それが今の君を守るただ一つの手段だ」ジョン? は指をパチンと鳴らし……そのまま私は意識を失ってしまった――***コンコン コンコン 扉をノックする音が聞こえてくる。「う〜ん……」「ユリアお嬢様? 入りますよ?」誰かの声が扉の外で聞こえる。ガチャッ扉が開かれる音が聞こえ、私の眠っているベッドに足音が近付き……。 「ユリアお嬢様! なんて格好で寝てらっしゃるのですか!?突然の大きな声で私の意識は覚醒した。「え? 何? 何?」そのとき気がついた。ベッドの足元に隠れるように転がって眠っていたと言うことに。
食後――「あの〜わざわざ部屋で見張っていただかなくても大丈夫ですから……」部屋の角でこの屋敷の警備をしている男性に私は声をかけた。「いいえ、そのようなわけには参りません。旦那様からユリアお嬢様の護衛を頼まれておりますので、今夜は寝ずの番をさせていただきます」私の身を案じた父がこの屋敷の警備員である自分に今夜は私の護衛につくように命じられた、と警備員は言うのだが……。いやいや、逆にこの状況ってどうなの?年若い女性の部屋に、これまた年若い男性を同じ部屋に一晩中一緒にいさせるつもりなのだろうか? 倫理的に見てもこの状況は絶対におかしいと思う。何やら別の意味で身の危険を感じてしまう。「父の話ではこの部屋に魔法の防御壁を張ったと聞かされていますけど?」「いいえ、そのようなわけには参りません。やはり室内の警備は怠るわけには参りませんので」あくまで頑なに拒否する警備員。「はぁ〜……」思わずため息をついてしまった。もういい、勝手にさせておこう。どうせ寝る時は出ていってくれるだろうから……。再び勉強に励むことにした。「……」無心にノートにペンを走らせていると、突然警備員の男性が話しかけてきた。「ユリアお嬢様」「はい」緊張する面持ちで返事をする。何か異変でも感じたのだろうか? 素人の私には分からないが、彼はプロ? の警備員なのだから。「……随分熱心に勉強に励んでいるのですねぇ」「は?」「いやはや驚きです。ユリアお嬢様は勉強が嫌いで、学園内のお荷物と伺っていたので。ところがどうでしょう。こんなに熱心に勉強されているのですから驚きです」「……はぁ……そうですか」「一体何故、それほど熱心に勉強されているのですか? もしよければ理由を教えて下さい」何? この警備員はひょっとして退屈なのだろうか? そう言えば先程2,3回欠伸らしきものをしている姿を目にしたっけ……。今度は暇で話しかけてきたのかもしれない。「……言われたからですよ」「え? 何をですか?」「勉強するように言われたからです」「旦那様にですか?」「まさか……違いますよ。成績が酷くて退学になったら困る人がいて、その人に勉強する様に言われたからです」「その人って……誰ですか?」「それは……あ」そうだ……私、何言ってるのだろう? 誰にそんなこと言われた? 大体私にはそんなに親し
その日の夕方のことだった。私は誰かに言い聞かされたかの如く、勉強に励んでいた。一人で教科書を読み、ノートにまとめ……時間が経過するのも忘れて猛勉強をしていたその時。――コンコン「ユリアお嬢様、夕食のお時間です。旦那様がダイニングルームでお待ちです」ノックの音とともに、声が聞こえた。「えっ!? お父様が!?」急いで扉を開けると、そこには私とさほど年齢が変わらないメイドが立っていた。「キャッ!」突然扉が開かれた事に驚いたのか、目を見開くメイド。「あ……ご、ごめんなさい」「い、いえ。大丈夫です。ではご案内いたします」「ええ、お願い」そして私はそのメイドに連れられて、父が待つダイニングルームへと向かった。 メイドの後について、長い廊下を歩く私。月明かりに照らされた廊下には私とメイドの長い影が落ちている。……おかしい。先程から言いしれぬ嫌な予感を抱いていた。……どうしてこんなに静まり返っているのだろう? こんなに廊下が長かっただろうか? そして……何故私はあのメイドに恐怖を抱いているのだろう……?足が震えて、喉はカラカラ。もう、恐怖の限界だった。「ね、ねぇ……い、一体何処まで歩くのかしら……?」怖くて怖くてたまらなかったが、前を歩くメイドに声をかける。するとメイドはこちらを振り向かずに答えた。「もう少し……もう少し先です……」その声があまりにも感情がこもっておらず、ゾッとした。だ、駄目だ……このメイドについて行ってはいけない……逃げなくちゃ……。本能が叫んでいた。「ッ!」勇気を振り絞って背を向けると、もと来た廊下を走り出した。その瞬間、周りの風景が一瞬にして変わり、ここが屋敷の廊下では無かったことに気付く。何と私は屋敷の外に出ていたのだ。そして今の自分は屋敷目指して走っていた。「そ、そんな……!」信じられない! 私はいつの間に外に出ていたのだろう? あのメイドにおかしな術でもかけられていたのだろうか!?その時、背後から風を切るような音が聞こえた。「え?」振り向くと、背後から無数の矢が迫っている。「キャアアアッ!!」思わず目を閉じて叫んだ時――バシッ!!まばゆい閃光が身体から放たれ、私の周りを覆うように銀色に光り輝く壁が出現した。そして飛んできた矢を全て一瞬で燃やし尽くしてしまったのだ。「あ……」思わず腰
着がえを済ませ、ソファで私は考え事をしていた。「おかしい……。何かがおかしいわ……」何がおかしいと聞かれてもうまく答えられない。けれども、私の傍には常に誰かがいたような気がする。その誰かとは……一緒にいても、決して心が安らぐことが無く、近くにいれば苛立ちが募る。そんな人物だ。けれどもその反面、私はその誰かに頼り切っていた気がする……。「う~思い出せないって、こんなに苛立つものなのね……」クッションを抱えながら呟いたその時。「ユリア、入ってもいいか?」ノックの音と共に、父の声が聞こえた。「はい、どうぞ」すると扉が開かれ、父が部屋の中へ入って来た。「何だ……? 起きていたのか? もう身体は大丈夫なのか?」父が尋ねる。…相変わらず、まるで他人にしか思えない父。私は立ち上がると挨拶した。「お父様、ご心配おかけいたしまして申し訳ございませんでした」そして頭を下げる。「いや……心配したのは確かだが……まぁ、座って話をしよう」父が向かい側のソファに座ったので、私も再び着席した。「しかし、それにしてもよく無事だったな。もう一歩馬車が止るのが遅ければ、危うく崖下へ転落するところだったそうじゃないか」「え、ええ……そのようですね」しかし、その辺りの事情は何一つ記憶にないので私には何とも答えようが無かった。「……」父は私を暫く無言で見つめていたが……やがて状況を説明し始めた。「馬車には細工がしてあったそうだ。車輪は外れやすく、扉は開きやすく加工されていたらしい。それに肝心の御者の姿はまだ見つかっていないが、人相書きを見た処、この屋敷の御者では無かった。今行方を追っているが……見つけられない可能性がある」「そうですか……」やっぱり私は命を狙われていたのか。「すまなかった」突然父が頭を下げた。「え? お……父様?」「お前が命を狙われているので護衛騎士を付けて欲しいと言ってきたとき、ちゃんと信じて護衛を付けてやればよかったと反省している。またいつものように我々の関心を買う為の戯言だろうと決めつけてかかっていたのだ。あの時、お前を信じてやれば……そうしたらお前は馬車の事故に遭うことも無かったと言うのに……本当にすまなかった」え……? 父は一体何を言っているのだろう?「何をおっしゃっているのですか? お父様は私の為に護衛騎士をつけて下さっ